縁起がいいと言われる南天を探しに行ったのだが

お店に陳列していた南天の実と葉が少し傷んでいたので急遽予定を変更。そばに陳列されていた別の赤い実。こちらもまた見た目が良いので、ヤブコウジ*1+斑入り竜のひげ+苔玉に決定。器(敷石付き)も別途購入。

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苔玉は直径約10cm。器の素性は不明。「ヤブコウジ」のヒョイと横に張り出した枝振りがいいじゃない? 鉛直方向への直線的な動きの「竜のひげ」と対照的だね。苔玉がもっと緑みどりしてたらいいのにね。

まあ、いいよ。縁があってうちに来たのだから。冬に真っ赤な実が身近にあるのは良いもんだよ。

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*1:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%96%E3%82%B3%E3%82%A6%E3%82%B8

ヤブコウジ十両)はお正月の縁起物のなかではかなり下っ端らしい。
落語『寿限無』の中の「やぶらこうじのぶらこうじ」ってこいつのことなのか?

女王陛下の前に出るとクシャミが止まらないという罠。

カルダモンコーヒーを飲むために、カルダモンホールを探して近所のスーパーに行くが見つからず。最後の頼みの成城石井でやっとめぐり会えた。さすが成城石井、はたしてリゾート気分にしてくれるのか?

潰したカルダモン一粒をコップ一杯の水に入れ一晩置く。それにしても潰すとクシャミがしばらく止まらないという…(基本的に鼻炎です)。パウダーだと香りは樟脳そのものだけど、ホールになるとそこへユーカリのような香りが入ってくる。

このカルダモン水を使ってふつうにコーヒー(グアテマラ/ドリップバッグ)を入れてみた。うん、コーヒーの香りに負けてしまう。もっと量を増やしたほうがいいのか。やはり精油を使わないとダメなのか。

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左:カルダモンコーヒー、右:カルダモン水

 

眉が痒いのは想っている人に逢える前兆

と信じられていた時代があったらしい。転じて、眉を掻くと想い人に逢えるとも言われていた。わが身を振り返ると「眉痒い度数」高めです。

月立ちて ただ三日月の 眉根掻き 日長く恋ひし 君に逢えるかも
(つきたちて ただみかづきの まゆねかき けながくこひし きみにあえるかも)
三日月の形をした眉を掻いたら長い間お想っていたあなたに逢えました

大伴坂上郎女 万葉集、巻六993

この写真のなかに三日月があるんだけど見えるかな? 目を凝らして探してると、ほら眉が痒くなるでしょ。ポリポリ…

 

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やや下の方ですね

 

靴を新調したんで慣らし運転をかねて長い散歩に出かけたよ。

結局、午前九時から昼までに一万歩以上あるくことになっちまった。おかげでGTホーキンスは足に馴染んでくれました。日本人向けの靴でよかった。

折から紅葉狩りの季節なんで「皇居乾通り一般公開」に便乗してみた。しかしながら乾通りの紅葉は大したことない。ま、普段は入れないところだから物珍しさで出かけるわけだけどね。それにしてもセキュリティチェックなど警備の方々の多いこと(撮影の邪魔だったりして)。宮内庁とかもあるし大変なんでしょ。

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「坂下門から乾門までは約750m」なので乾通りだけでは一万歩以上にはなり得ない。乾門から出たあとで北桔橋門から再入場して「イーストガーデン」(東御苑)をあっちへ行ったりこっちへ来たりしたので歩数が大幅に伸びたのでした。

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さて、東御苑といえば二の丸庭園の井戸です。白濁したところは見た目のインパクトがあるね。まあ、素人としては炭酸が含まれてるんじゃないの? と予想するけどさ。そのそばには庭園の池に流れ込む湧水もあったりして風情を楽しめる。

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二の丸雑木林は「武蔵野っ!」て感じで乾通りよりよっぽど見応えある紅葉になっとります。てなわけで、一万歩のうちほとんどは東御苑で稼いだのでした。

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紅葉の葉をナメての百日紅(右上)。カエデはカエルの手のようだからカエデって言うらしいよ。

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都心でこれだけの広い空を見られる

のは、かなりめずらしいと思う。天気がいいので少し遠出してみた。ここサンストリート亀戸跡地はまだまだ工事中です。なにができるんだろ? きっと超高層ビルが建つんだろうな。(亀戸は都心じゃないというツッコミは却下!)

遠出の目的地は「佐野みそ亀戸本店」。買ったのは2種類の味噌。「紀伊みそ大和」(260g、715円)は確かにクセのある濃い味、少し酸味もある。味噌汁にしてみたが自分の好みではないな。一方、「越後こめ糀十麹」(260g、360円)はスタンダードな味。お店の言う通り「うまみと甘み」の「バランスの取れた」自分好みの味噌汁の味になった。

ちょっとアレンジして

ファミリーマート「野菜スティック(味噌マヨ)」に付いてくる味噌マヨに倣ってソースを作ってみた。調味料を和える比率は下記のとおり。

・マヨネーズ 2
・味噌 1
・七味唐辛子 適量 ※今回は使わなかったけど。

 クセのある「大和」のほうが予想外にかなりマイルドになって、とても良い。「十麹」はあまり変化を感じさせない、そのままおいしい。

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※右の写真の右上が「十麹」左下が「大和」。出来上がりの量が違うのは単に間違えたから。どちらも比率は一緒。

部屋に明るい色があるといいな

と思い、図書館へ行った帰りに花屋に寄った。赤い実と緑の実のヒペリカムと黄色のミニバラを買う。ほんとうは南天がよかったんだけど、まだ少し早かったのかな。

緑色のコーディネイトって黒とか白と合わせるひとが多いみたいだけど、じつはもっと明るい色でもいいんじゃないかと思う。植物の花びらや実がどんな色(赤色、黄色)でも葉っぱは「緑」なんだから。

えっ、信号機になっちゃう? そこを何とかするのがセンス。

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夏になる前に観たはずなのに記事を書くのは秋になってしまった。

ずいぶんとまわり道をしたな。映画「パターソン」の話さ。

あきらかに詩が重要な要素になっているこの映画は独特のリズムを持ってるね。このリズムがどこから来るのか思いめぐらせているうちに迷宮に迷い込んでしまったんだ*1。で、つらつら考えてみると、これはゆったりした「歩くリズム」ではないかと思い至った*2。この映画で速い乗り物といっても路線バスだし、チンピラ(ドッグジャックを警告!)の車ものんびり流しているね。「ただ過ぎ去っていくのを眺める」ってところが「歩くリズム」を感じさせるところなのかな。

この映画きっかけで知った フランク オハラ のいくつかの詩は同じような歩行リズムを感じさせるな。「A STEP AWAY FROM THEM」*3とか「The Day Lady Died」*4など。それは定型詩で重要な音のリズムというより、目の前を流れていく『イメージがつくるリズム』ってこと。映画的というのか、絵画的というのか(美術館で部屋から部屋へ移動するときに絵画たちがつくるリズム的な)ひとつひとつのイメージがある意味で消化不良のまま流れていくようなね。

リズムの話じゃないけど「The Day Lady Died」の最終連で「彼女(ビリー ホリデー)が マル ウォルドロン のピアノに寄り添って囁くように歌うと誰もが息をのんだ」ってところで30数年前に初めて買ったCDがウォルドロンの「オール アローン 」だったことを思い出した。どこやっただろ、あのCD。探さなきゃ。

 その他諸々

(19:07)二日目の朝、バスを出す直前にランチボックスを閉じるカットでチラッと詩集「LUNCH POEMS」(Frank O'Hara)の表紙が見えるね。ランチボックスと「LUNCH POEMS」*5。笑える。

(24:53)もちろん、ウィリアム カーロス ウィリアムズとかニューヨークスクール*6の詩人の本もさりげなく出てくる。

ところで自分のなかでは、このリズムは植草甚一の文章と共通するものがあるんだ。街歩きのテンポだね。「古本とジャズ」からちょっと引用しますね*7

さて、迷宮からの出口が見えたな。

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*1:漢詩は五言律詩とか七言律詩など奇数が基本になってる(四言古詩とか古体詩は少数派として)。俳句は五、七、五で構成されている。なぜ奇数なのか? 漢詩を研究している大学教授に尋ねると「リズムでしょ、間がいいんです。奇数の字句は偶数に収まろうとするから。その収まろうとする気持ちがリズムになる。」(カギカッコ内の文章は意訳してます)のようなことを答えてくれた。

*2:

Filmmakers We Love: Jim Jarmusch

bleeckerstreetmedia.com“PATERSON is intended as a celebration of the poetry of details, variations and daily interactions and a kind of antidote to dark, heavily dramatic or action-oriented cinema. It's a film one should just allow to float past them--like images seen from the window of a public bus, moving like a mechanical gondola through a small, forgotten city.”

www.bepal.net《『パターソン』は、ひっそりとした物語で、主人公たちにドラマチックな緊張らしき出来事は一切ない。物語の構造はシンプルであり、彼らの人生における7日間を追うだけだ。『パターソン』はディテールやバリエーション、日々のやりとりに内在する詩を賛美し、ダークでやたらとドラマチックな映画、あるいはアクション志向の作品に対する一種の解毒剤となることを意図している。本作品は、ただ過ぎ去っていくのを眺める映画である。例えば、忘れ去られた小さな街で機械式ゴンドラのように移動する公共バスの車窓から見える景色のように。── ジム・ジャームッシュ

*3:Frank O'Hara
http://www.frankohara.org/writing/

*4:Frank O'Hara reading from Lunch Poems
https://www.youtube.com/watch?v=nWiB2bmDa4I&list=PL5x2QFTTqjVmuYGl8wfaDQfUDHOC1aun6

*5:アーティストたちの もうひとつの「仕事」

www.tjapan.jp「詩集『LUNCH POEMS』(1964年)は、昼休みに彼が綴った詩で編まれている」らしいっす。
そして、記事がいうように「ランチタイムに読んでほしいという誘い」もあるのかな?

*6:ニューヨーク・スクール

ニューヨーク・スクール - Wikipedia

*7:

「六本木界隈と新宿界隈」(初出、笑の泉、1961年)

 ぼくは六本木の俳優座の向かいにある誠志堂へ洋雑誌の古本を買いに行くのが好きだが、いつのまにか癖になったのは、買ったあとで、すぐ雑誌の広告ページや読みたくない部分を破って捨ててしまうことだ。そうすると持って帰るのに軽くなっていい。それで近くの喫茶店あたりで一ページずつ眼をとおしながら破っていると、たっぷりと時間が掛り、こんどは腹がすいてくる。
 そういうときは何となく支那料理が食べたくなってきて、開店のときから行きつけた香妃園にはいり、こんどは破ったあとの中身を読みだすが、そうするとまた時間がたち、そとへ出ると腹ごなしにブラブラしたくなる。けれどあの近所は歩いたって面白いところはないから、どれちょっと、ジミーの店へでも寄ってみようかということになってしまう。
 六本木から三河台町のほうへすこし歩いて、右側の横丁へ眼をやると、ちいさな看板にジミーと緑色で出ているゲイ・バーがあることは、かなり名前がとおっているからご承知であろう。ある晩のことだった。十時半ごろジミーの店にはいって、二杯目のジンを飲んでいるとき、二人連れの女の客があらわれ、カウンターにならんでかけた。一人は中背のふとり型で、コートのうえからボアを襟にまきつけ、ちょっとスペイン・タイプといったところだが、一人はラメ入りキモノ姿で背が高く、髪をブロンドに染めていた。一見して女装のゲイ・ボーイだと分かったが、そうザラにはない感じを出している。ちょっと一緒につれて歩いてみたくなった。
 連れて行くところは、ナイトクラブだが、そう使ったってしょうがないやと考えながら、まあ安あがりな飯倉の88にしようと決めて、タクシーで行ったところ、金曜日だったので客がつまっていたが、それでもテーブルがひとつあいていた。もう七十に手がとどくという黒人シンガーのビリー・バンクスが元気に歌っている。そのあとでオーナーのミセス・ロリンズがご自慢の後藤芳子が歌った。…

出典:「古本とジャズ」ランティエ叢書、植草甚一 著、出版:角川春樹事務所

こんな調子でダラダラと続くもんだから、ついつい引き込まれちゃうんだよね。ある種の呪術的リズムだな。むかしはこんな内容では「やおい」って言われてもしょうがないと思うんだがね(いまのBLって意味じゃないよ!)。